(2014年12月1日掲載)
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一般財団法人大原記念財団 大原綜合病院 泌尿器科
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増加し続ける前立腺疾患
診療の特色や患者さんの傾向について教えてください
近年、前立腺肥大症や前立腺がんが増加傾向にありますが、それらの疾患に伴う症状にはどのようなことがあるのでしょうか
前立腺に関わる代表的な疾患には、前立腺肥大症という良性疾患と前立腺がんがあります。前立腺肥大症は主に前立腺の移行域(内腺)といわれる部分に腫瘍が発生する良性疾患で、前立腺がんは主に前立腺の辺縁域(外腺)に腫瘍が発生する悪性疾患です。これらは発生部位が異なる別の疾患ですので、合併することはあっても移行するということはありません。ただ、両疾患とも高齢者に発症することが多い点や男性ホルモンが影響しているという点では共通しています。また、これらは良性疾患と悪性疾患という大きな違いがあるのですが、前立腺がんの初期の段階ではほとんど無症状で、
先生のところでは前立腺肥大症の手術療法として新しい治療法を取り入れているそうですが、これまでの治療法とどのような違いがあるのでしょうか
当科での前立腺肥大症治療のファースト選択肢は薬物療法で、近年は色んな種類の薬剤が出ていますので、その中から患者さんに合ったものをみつけていきます。ただ、薬物療法については疾患が初期の段階であれば効果が高いといえますが、症状が進行して尿閉状態や腎後性腎不全を起こしてしまった方や薬物療法で残尿が改善しない方に対しては、外科的治療法などの患者さんの状態に合わせた治療方針を立てていきます。
これまでスタンダードといわれてきたTUR-Pは、尿道から電気メスを挿入して肥大した前立腺の内腺領域を削り取ることによって尿道を広げる術式で、その削り取る際の出血により内視鏡の視界が妨げられるのを防ぐために、多くの場合は非電解質溶液(電気伝導性を有さない溶液)の灌流液が使用されています。しかし、手術時間が長くなるにつれて(特に2時間以上)その灌流液(非電解質溶液)の影響による合併症(TUR症候群という低ナトリウム血症)を起こしやすいというリスクがありました。このためリスクを考慮しながら手術を行うことで内腺を全て切除しきれず、結果的に再発頻度が高くなってしまう、或いは十分に排尿の具合が改善されない等の課題がありました。

これら2つの治療方法をさらに分かりやすく説明するため、一般的に果物のミカンに例えて比較されています。TUR-Pではミカンの実の部分を切除する(内腺を削り取る)ためミカンの果汁(血液)が多く出るのに対して、HoLEPはミカンの実が内腺でミカンの皮を外腺と考えると皮から実を剥がすように切除しますので実が傷つかずに果汁(血液)があまり出ません。例えば、高齢の方には脳梗塞や狭心症や心筋梗塞の予防目的で抗凝固剤とか抗血小板剤等を服用している患者さんが多いのですが、そのような方でも手術適応になるケースがあるため、出血が少ない本手術が選択されます。このことにより術後の経過が順調でさらに、一回の手術で内腺を全て切除できますので再発率が少ないという利点があります。手術後は、3ヵ月間は毎月通院していただき、その後は患者さんの状態に合わせて半年後、一年後というかたちで経過を診て行きます。導入からまだ1年ですが、手術を担当している私たちの印象も非常に良く、TUR-Pと比較すると安心して術後管理ができていますし、治療に対する患者さんの感想も良いです。
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前立腺がんについては初期の段階では無症状と伺いましたが、早期発見は可能なのでしょうか
前立腺がんの早期発見には、前立腺特異抗原(Prostate Specific Antigen:以下PSA)検査が非常に重要となります。PSA検査というのは簡単な血液検査ですが、精度は高いといわれています。現在このPSA検査の受診開始年齢について、日本泌尿器科学会のガイドライン(2008年版)では一般には50歳以上が推奨されており、リスク要因の一つに遺伝的要因があることから家族歴がある方(第一近親者〈親、兄弟、子〉に前立腺癌患者さんがいる)には40歳以上からの検診受診が推奨されています。この検査におけるPSA基準値は、0.0~4.0 ng/ml(年齢階層別PSA基準値の場合:64歳以下は0.0~3.0 ng/ml、65歳~69歳は0.0~3.5 ng/ml、70歳は0.0~4.0 ng/ml※同ガイドラインより )が推奨されています。加齢や前立腺の良性疾患で上昇することもあるため4.0~10 ng/ml未満はグレーゾーンと呼ばれており、がん発見率は凡そ30%といわれております。そして、10.1ng/ml以上からは数値が高くなるほどがんの可能性は高くなり、転移した状態で発見される確率も増えます。このため「PSAが高い=がん」ではありませんが、当科では4.0 ng/ml を超えている方に対して精密検査の受診を勧めるようにしています。以前は、この精密検査が侵襲を伴う検査であることから医療者側に消極的な面がありましたが、近年の前立腺がんの発生頻度の高さや精密検査でのがんの発見率の高さから、最近では積極的な検査の必要性があると考えられるようになってきました。福島県でも各市町村で前立腺がん検診が行われています。特に高齢の方の場合は検診に対する関心が薄い傾向があるようなので、ご家族や周りの方からも積極的に検診を勧めていただきたいと思っています。
医学の進歩が著しい泌尿器科分野において、前立腺がん治療はどのように変化しているのでしょうか
前立腺がんの治療は、米国に次いで日本でも医療支援用ロボット(da Vinci Si)支援下での根治的前立腺摘除術(以下RARP)に替わってきました。この治療法は、拡大視野かつ3D(立体画像)でみやすいことやロボット支援下での細かい手術が可能であること、また手術時の出血量の少なさ等から非常に治療がしやすいという理由で普及してきました。東日本においては福島県立医科大学附属病院に初めて導入され、2013年2月より治療が行われています。また、同院は都道府県がん診療連携拠点病院(※1)の指定を受けており、同年6月より前立腺がんの地域医療連携手帳(※2)の運用を開始しています。こうしたことから当科で前立腺がんと診断され根治手術を希望された患者さんは、同院の泌尿器科学講座に紹介させていただいています。今後も患者さんにとって最善の治療を提示できるように、こうした連携を大事にしながら、それぞれの特長を生かした診療を行うことを大事に考えていきたいと思います。様々な尿路・生殖器系腫瘍へのアプローチ
膀胱がんの診断・治療に力を入れていらっしゃるそうですが、最新の診療について教えてください


膀胱壁というのは薄くできているため、筋層レベルで切除していくと穿孔してしまう可能性がありますので手技の面では難しいということがあるかもしれませんが、私は治療を行っていて非常に良い印象も持っています。
さらに最近の学会(2014年11月)では、「膀胱内平坦病変に対する内視鏡ビデオスコープシステム(Narrow Band Imaging:以下NBI)とTURBOを用いた診断と治療」を発表してきました。これについてはポリープに対する術式ではなく平坦病変に対する術式です。これまで膀胱平坦病変には様々な組織像があることから、鑑別が難しく、平坦であるがゆえ正常部と病変部との境界が分かりにくく、さらに周囲に付随する病変があることが多いということがありました。それがNBIとTURBOを用いることにより病変と周囲との関係が把握しやすくなり、平坦部を一塊に切除するため、組織量が多く確実な診断が可能となりました。さらに病的粘膜を直接切除するため、BCG膀胱内注入療法(※3)単独治療より上皮内がんの治療成績の向上に関与する可能性があると考えています。
腎臓にできる悪性腫瘍にはどのようなものがあるのでしょうか
腎細胞がんと腎盂・尿管がんがあります。腎細胞がんは腎臓の腎実質(尿がつくられる部分)から発生した悪性腫瘍で、腎臓にできるがんのうちのほとんどはこれにあたります。この腎細胞がんは、一つの病変がみつかると衛星病変と言って近くに画像検査ではみつけられないほどの小さな病変が発生している場合があります。一方の腎盂・尿管がんは腎盂(尿の受け皿)から発生した悪性腫瘍で、このがんの場合は発見された時には進行していることが多く、腎盂(尿の受け皿になる部分)に発生するという性質から尿の通り道の全てに病変が多発する可能性があります。また、尿管壁は薄いために、筋肉の方に進出して周りに影響を及ぼし癒着していることがあり、手術時すでに摘出が非常に難しくなっている場合があり予後が不良です。腎臓にできる腫瘍には良性腫瘍もあります。例えば、腎実質にできる腎血管筋脂肪腫(※4)は、小さいうちは脂肪成分が多いので鑑別しやすいのですが、大きくなってからは様々な像を呈してくることから腎細胞がんとの鑑別が難しい場合があります。その他にも腎嚢胞などの良性腫瘍があります。CTやMRIなどの画像診断で良悪性の鑑別をします。腎臓がんは進行してくると血尿や発熱、貧血、体重減少などの症状が現れてきますが、早期の段階ではほとんどが無症状です。このため当科を受診される患者さんのほとんどが検診の超音波検査で偶然に腫瘍がみつかって来院されます。腎臓がんや腎臓の良性疾患は原因が不明なものが多いのですが、一部には遺伝に伴う疾患もありますので、検診などは積極的に受けられたほうが良いと思います。

泌尿器科領域の魅力
先生はなぜ泌尿器科の医師を目指されたのでしょうか

当科は新しい治療法を取り入れてスタートしたところなので、これから症例数を増やすことでしっかりとデータを取りながら、そのメリットを証明していきたいと思っています。また、今後も日々勉強を重ねながら積極的に新しい治療法の導入を検討していきたいと考えていますので、そのために新たな医師や研修医の方にも力を貸していただけるよう、前向きに診療を行っていきたいと思います。
※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。
プロフィール
吉田 純也 氏(よしだ じゅんや)

役 職 (2014年12月1日現在)
一般財団法人大原記念財団 大原綜合病院
泌尿器科 主任部長
専門分野
泌尿器科、腹腔鏡手術
資 格 等
医学博士
日本泌尿器科学会認定専門医
日本泌尿器科学会認定指導医
日本透析医学会認定専門医
泌尿器腹腔鏡技術認定医
日本内視鏡外科学会技術認定取得者
所属学会
日本泌尿器科学会
日本透析学会
日本排尿機能学会
日本Endourology・ESWL学会
国際尿禁制学会(ICS)
日本内視鏡外科学会
経 歴
1997年 富山医科薬科大学 卒業
福島県立医科大学 泌尿器科
1998年 福島県立会津総合病院
1999年 米沢市立病院
2000年 総合南東北病院
2001年 福島県立医科大学
2002年 星総合病院
2003年 太田熱海病院
2004年 福島県立医科大学
2007年 大原綜合病院

大原綜合病院
〒960-8611
福島県福島市大町6-11
TEL:024-526-0300(代表)
FAX:024-526-0342
URL:大原綜合病院ホームページ
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◆用語解説◆
全国どこでも質の高いがん医療を提供することができるよう、全国にがん診療連携拠点病院を407箇所、特定領域がん診療連携拠点病院を1箇所、地域がん診療病院を1箇所、指定しています(平成26年8月6日現在)。
専門的ながん医療の提供、地域のがん診療の連携協力体制の構築、がん患者に対する相談支援及び情報提供等を行っています。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin.html
(厚生労働省がん診療連携拠点病院等 がん診療連携拠点病院等とはより引用)
http://www.fmu.ac.jp/byoin/25syuyocenter/12criticalpath/
(福島県立医科大学附属病院 臨床腫瘍センターHPより引用)