情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2015年3月1日掲載)

いわき市立総合磐城共立病院 消化器外科
院長 新谷 史明氏


地域完結型医療を目指して

 1966年の14市町村対等合併により誕生したいわき市において、同年から市立病院として地域に必要な医療を提供し続けてきたいわき市立総合磐城共立病院は、2017年度の新病院開院に向けた準備を進めている。今回は同病院長の新谷史明氏に中核病院としての役割について、また地域の将来を見据えた医療体制についての考えを伺った。取材から同院は、2011年の東日本大震災及び福島第一原子力発電所の事故により甚大な被害を受けながらも、その後着実に治療実績を重ね、更なる成長を目指していることがわかった。


地域での役割と医療提供体制
いわき市の医療の現状そして今後必要な医療体制について先生はどのようにお考えでしょうか

 当院は、いわき医療圏を中心とした浜通りエリアと茨城県の北部医療圏までを含む約40万人の医療圏を持つ地域の中核病院です。2010年には専門高度診療センターを設置し、先進医療の提供を行っています。また、第三次救急医療機関としての救急医療を提供するため、地域の各医療機関との連携を図りながら救急医療の充実に努めています。
 この地域は、2011年の東日本大震災及び福島第一原子力発電所の事故により甚大な被害を受けました。それから間もなく丸4年を迎えますが、お陰様で当院はほとんどの分野において医療提供が可能になりました。しかし、その一方で勤務医不足が深刻です。現在26ある診療科のうち6つの科では常勤医がいない状態が続いています。こうしたことは地域全体の課題でもあり、そのことが更なる課題を抱えることに繋がっています。例えば、がんの治療を例にとると、地域のがん患者さんの一部が県内の他地域や県外へ出て医療を受けているケースが見られます。そうした患者さんには継続的な治療が必要となるため、地域で安心して継続的な医療が受けられる体制を早期に整える等、医療提供体制の整備が求められています。当院は、今後も地域連携の中心的役割を担う立場にあると考えますので、県内各地域と協力体制を構築しながら医師及び医療従事者確保のために全力で取り組んでいきたいと思っています。また、そうした医療を目指す上で大事なことは、地域住民と医療者の間にしっかりとした信頼関係を構築することだと思います。今後も医療に係る情報の開示を積極的に行っていきたいと思っています。そうしてなるべく早いうちに、いわき市内において急性期から慢性期そして在宅療養支援を提供できる地域完結型医療の体制を整えたいと考えています。



貴院では最近も先進医療への取り組みを強化されたそうですね


ハイブリッド手術対応型血管造影X線撮影診断装置
 昨年2014年の夏に、大動脈弁狭窄症(aortic valve stenosis:AS)に対する最新の治療方法である経カテーテル的大動脈弁置換術(transcatheter aortic valve implantation (TAVI) or replacement (TAVR):以下 TAVI)の実施施設基準をクリアし、全国で32番目の認定施設になりました。TAVIの施設認定を受けるには、手術実績、設備機器、人員、施設、レジストリ等、数多くの基準があります。例えば人員については、心臓血管外科専門医が3名以上在籍すること、循環器専門医が3名以上在籍すること、日本心血管インターベンション治療学会専門医が1名以上在籍すること等があり、設備機器の面では開心術が可能な手術室で設置型透視装置を備えていること(ハイブリッド手術室)、またそれに係る詳細な基準もあります。私たちは、そうした厳しい施設基準をクリアし、同年11月までに県内No.1となる8例(全て経大腿法)の実績を上げています。また、心臓血管外科ではステントグラフト内挿術を導入しており、胸部・腹部ともに県内最多の手術件数を誇り、東北でトップクラスの実績を上げています。
  外科では、胃がん、大腸がん、胆石症、肝臓がん、膵臓がん、乳がんなどの手術を年間750から800例行っていますが、そのうち約30%が腹腔鏡手術によるものです。また、整形外科では関節鏡手術を数多く手がけ、脳神経外科では脳動脈瘤に対するコイル塞栓術などの血管内治療を年間50例ほど行っています。その他、循環器科では心筋梗塞、狭心症に対する冠動脈ステント治療、腎臓や下肢の動脈に対する血管内治療(PPI)を数多くこなしており、東北地方では治療実績の首位を競っています。



2017年度に開院予定の新病院では、どのような医療の提供を目指しているのでしょうか

 2014年2月、基本設計がまとまり、建築計画や平面計画などが決定しました。新病院では更なる高度医療、先進医療、救急医療の充実に努めることで、地域の医療水準向上に貢献していきたいと思っています。また、2014年8 月6 日付で厚生労働大臣より指定を受けた「地域がん診療連携拠点病院」としての機能を今後も維持しながら、緩和医療の提供にも力を入れていきたいと考えています。具体的には、緩和ケア病棟の新設や既存のがん相談支援センターの充実を検討しています。そこではプライバシーに配慮しながらも、がん患者さんが気軽に足を運べるような場所になるよう工夫し、患者さん同士がコミュニケーションを図れるようなサロンを設置する予定です。また、各がん患者会との連携を強化した取り組み等も検討していきたいと考えています。緩和医療を提供する上では、専門性を持って取り組む医療従事者の充実や、そうした医療者によるチーム医療体制も重要です。既存の緩和ケアのチームを強化させるために、現在所属している緩和ケア認定看護師やがん化学療法看護認定看護師を核にして専門看護師等の充実を図っていきたいと思います。

2017年度開院予定新病院イメージ
当院では他にも将来を担う医療従事者の育成に力を入れています。研修医からはじまり医療従事者のレベルアップのために十分な時間と予算を取るようにしています。このことは院内の共通の理解となっていて、各資格取得のために勉強をしたいという申し出があれば、周りのスタッフで仕事の都合を付け合いながら各種講習会や学会等に参加できるように協力し合っています。私はなるべく若い年齢のうちに方向付けをしてあげたいと考えていますので、今後も育成面に力をいれて医療の質の向上や効率化を図っていきたいと思っています。



専門分野での活躍
先生は救急医療の現場でも活躍されてきたそうですが、これまで主にどのような診療に携わって来られたのでしょうか

 私は、消化器がん、胆石症、急性腹症、腹部外傷を専門としています。出身は東北大学第一外科(現:消化器外科学分野 肝胆膵外科)で、大学時代は学問として胆石の成因に関する研究、胆石の溶解・崩壊に関する研究、厚生省(現:厚生労働省)特定疾患対策肝内結石症調査研究班の一員として肝内結石症治療に関する研究等に携わっていました。前任地は外科・脳外科・消化器内科をメインとする中規模病院で、地域の救急を全て請け負う体制にあったことから、外傷外科や腹部救急診療に約5年半携わり、非常に忙しい日々を送っていました。その後、当院に着任して院長に就任するまでの間は、副院長兼救命救急センター担当として、2002年のセンターリニューアル時から救急診療の相談役のような形で携わってきました。


貴救命救急センターは第三次救急医療機関として地域において大きな役割を担っていますが、現在はどのような体制をとられているのでしょうか

 当院の救命救急センターは福島県にある4つのセンターのうちの一つで、近年の受入れ救急患者数の平均は22,000人です(2013年度:救急患者数22,625人、救急車搬入患者数4,441人)。救急外来には当直医を7名(三次救急担当2名、一次・二次内科系2名、外科系2名、小児科1名)配置し、診療科毎に1~2名の待機医師を確保しています。また、日本救急医学会救急科専門医指定施設として救急医の育成や救急救命士のプレホスピタルケア教育の場としても重要な役割を果たしています。また当院は災害拠点病院として位置付けられており、2008年に災害派遣医療チーム体制(Disaster Medical Assistance Team:以下DMAT)が整備され、現在は3隊のチームを持っています。東日本大震災の時はいわき市内へのDMATの派遣拠点となり、私自身も震災直前の12月にDMAT養成研修を受講していたことから隊員になってすぐの本格始動となり活動しました。当時全国のDMATから多大な支援を受けたことには、今でも大変感謝しています。そして、そのことにより災害時の組織横断的な活動の重要性を肌で感じることができました。そうした経験から、震災後も普段から職員が顔を合わせて話ができる関係性を保つことを第一に考えています。



先生のご専門である急性腹症や腹部外傷も含め救急医療の現場では迅速な医療提供が求められますが、プロフェッショナルを目指す上で大事なことはどのようなことでしょうか

 私が専門としている急性腹症とは、緊急に治療を要する腹部の疾患で、そこには色々な疾患が含まれます。例えば、急性虫垂炎や腸閉塞で緊急手術を必要とする場合、胃潰瘍等の消化性潰瘍や消化管穿孔、急性膵炎、胆嚢炎、胆石による疼痛発作等、様々です。また、腹部外傷の原因の多くは、交通事故によるものです。近年はシートベルトの義務化や自動車安全装置の進化に伴い緊急手術を必要とする症例は減少傾向にありますが、事故の衝撃による実質臓器の破裂などがそこには含まれます。例えば、そうした交通事故による重症外傷・高エネルギー外傷について、現在の救急医療の現場では診断に至るまでの流れの大部分がautomaticに動くようになっています。私たちが最前線にいた頃に比べると診断装置をはじめとする救急医療関連機器や診断学が進歩し、救急医療の現場でも効率性が求められるようになったからです。ただ、そうとは言っても緊急を要する場合は画像検査にかける時間がない場合もありますので、そこでは医師による触診や聴診、問診等から得られる情報による迅速な診断が重要となります。救急医療の現場では、特にそういう部分にプロフェッショナルの目があるのではないでしょうか。
 そうした救急医療の現場において必要な力を養うには、“learn by doing”「習うよりも慣れろ」という部分がありますので、私はたくさんの症例を診ることが一番大事なことだと思います。ただ、腹部外傷については手術症例自体が少ないので、普段は外科臨床に携わり基礎的な外科手術や考え方を学び、外傷手術例があれば積極的に周術期治療に関わることが肝心です。また、それと同時に先輩医師等とたくさん話をすることで幅広い情報を得ることが大事だと思います。例えば、稀な症例については実際に経験できる機会が少ないのですが、その場になったときに「ああ、聞いたことがある症例だな」と思い出せる情報があるだけでも、全くない状態とは大きな違いです。私は、銃器損傷(銃創)という稀な症例をこれまでに2例経験したことがあり、過去の学会で発表したこともあります。そうした症例というのは独りで教科書を読めば分かるというものではありませんので、経験者やその周りの人たちと積極的に話をすることで情報を蓄積しながら、共有していくという学習スタイルも有効だと思います。
 今は、私自身が直接的に指導にあたる機会というのはほとんどありませんが、救急部には極力顔を出すように心掛けています。そこでは研修医や若い医師に対して、「院長は皆さんを十分に理解している」、という姿勢、メッセージを示すことを大切にしています。それは、医師をはじめとする医療スタッフの仕事は人と人が関わる仕事で常に命と向き合う仕事であり、多少辛いことがあったときに理解してくれる人の存在がその人の大きな支えになると思うからです。


臨床研修指定病院として
貴院の研修体制を教えてください、また地域の未来へ向けた抱負をお願いします

 東日本大震災以降から医師臨床研修マッチング率が低い状況が続いていましたが、2014年は医科8名、歯科1名の計9名の研修医を迎えることができました。現在は臨床研修指導医35名が中心となり、未来を担う医師の育成に力を入れています。当院では、長年に渡り当直制度の中に屋根瓦方式の指導体制が組み込まれてきて、今もそれが引き継がれています。この方式では、各々が理解を深めながら教える役割も担うことができるため、全体の知識の向上に繋がっています。

 地域の将来を考えて行く上で、若い医師の力は必要不可欠です。この地域は広大な福島県の中でも比較的温暖で過ごしやすい所ですので、是非、当院の高度医療の現場で研修を積んでいただき、一人でも多くの医療者にいわき市の医療を支えて行って欲しいと願っています。特にいわき市内の高等学校からは、福島県立医科大学をはじめ医学部への進学者が多いことから「卒業後には地域に戻りたい」と思っていただけるような、魅力ある病院を目指していきたいと思います。また、新病院開院に向けた私の役割は、当院の特長を十分に生かせる病院にするための方向性を示すことだと思っています。新病院基本構想の段階から会議に参加している一員として、しっかりとした病院を立ち上げるための役割を担い、責任を果たしていきます。



※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
新谷 史明 氏 (しんや ふみあき)

役  職 (2015年3月1日現在)
 病院長

出  身
 北海道空知郡三笠町(現三笠市)出身

卒業大学
 東北大学医学部(1978年)

専門分野
 消化器外科(消化器がん、胆石症、急性腹症、腹部外傷)

資 格 等
 医学博士
 日本腹部救急医学会評議員
 日本外科学会専門医・指導医
 日本消化器外科学会専門医・指導医
 日本消化器外科学会消化器がん外科治療認定医
 日本消化器病学会専門医・指導医
 日本医師会認定産業医
 DMAT隊員  

所属学会
 日本外科学会
 日本消化器外科学会
 日本消化器病学会
 日本胃癌学会
 日本救急医学会
 日本腹部救急医学会
 日本静脈経腸栄養学会
 日本臨床外科学会
 日本肝胆膵外科学会
 腹腔鏡下胆道手術研究会  

経  歴
 1978年〜1980年 青森県立中央病院 外科研修医
 1980年〜1989年 東北大学医学部第一外科 医員、助手、講師
 1989年〜1994年 北海道医療団帯広第一病院 外科医長
 1994年〜2009年 いわき市立総合磐城共立病院 外科科長、部長
      2007年〜 東北大学医学部臨床教授(肝胆膵外科)
 2009年〜2014年 同病院副院長
 2014年4月より   現職


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 福島県いわき市内郷御厩町久世原16
 TEL:0246-26-3151(代)
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