情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2015年11月1日掲載)

公益財団法人寿泉堂綜合病院
歯科口腔外科 部長 小板橋 勉 氏


地域の二次歯科口腔外科機関としての役割【Ⅱ】
-口唇口蓋裂の診療-

 日本人に比較的頻度が高いといわれる先天性形態異常の一つに口唇・口蓋裂がある。この疾患は成人に至るまで継続した診療が必要となるため、成長にあわせた適切な治療体制や長期的な心のケア等、様々な医療スタッフによるチームを構成してのフォローアップが必要だ。今回は、前号に引き続き寿泉堂綜合病院(郡山市)歯科口腔外科部長の小板橋勉先生に話を伺った。同院は地域における産婦人科の年間分娩件数が非常に多いことから、口唇口蓋裂の診療にも本格的に取り組んでいる。小板橋先生は、診療において「お子さんのケアと同様に親御さんの心のケアを大事に考えながら、それらも含めて治療をしていきたい」と話してくれた。


先天性形態異常:口唇口蓋裂とは
口唇口蓋裂は先天的な形態異常の中で発生頻度の高い疾患と聞きますが、どのような疾患なのでしょうか

 日本では、500人に1人ぐらいの割合でみられる先天性の形態異常です。発生原因については明確にされていませんが、遺伝的要因と種々の環境要因が複雑に影響し合って引き起こされるといわれ、最近はもう少し発生頻度が高くなっているともいわれています。当院の場合は年間分娩件数が800件ぐらいですので、年間平均1~2名ぐらい出生されています。
 口唇裂(口唇に裂がみられる)、口蓋裂(口蓋に裂がみられる)、顎裂(歯槽堤に裂がみられる)を総称して口唇口蓋裂と呼ばれ、これらは胎児期に形成されるはずの口唇や口蓋(上顎:以下、口蓋)が何らかの原因でうまく癒合されないことによって起こります。裂の位置は左側、右側、両側と、お子さんによって様々ですが、なぜか左側に多く発生します。また、裂の程度も様々で、口唇から鼻まで及んでいるもの(完全タイプ)、鼻まで及んでいないもの(不完全タイプ)等があり、そうした裂のみられる部位や位置、程度によっていくつものタイプに分類されています。多くの場合は口唇と口蓋のどちらにも癒合不全を起こしており、口唇裂が単独で起こることは少なくなっています。




口唇口蓋裂の診療
口腔外科の先生たちはどの段階から治療に介入されるのでしょうか

 口唇口蓋裂の診療は出生された時から始まり、長期に渡ります。まず、他の合併症を伴っていないか、また、何らかの症候群に関連した口唇口蓋裂ではないか、といったことについて小児科の医師が診察・診断を行います。そこで単独で発生したことが分かると、そこからは私たち口腔外科や形成外科が中心となり、治療時期や治療内容によって小児科、麻酔科、耳鼻咽喉科、看護師、言語聴覚士、リハビリ等の多くの医療スタッフによるチームを構成して治療に取り組んでいきます。口唇口蓋裂の診療は、成長に伴って現れる様々な問題に対応しながら凡そ成人を迎える頃まで継続していきます。そこで一番長期的に治療に携わるのが歯科医で、口腔外科の他に矯正歯科、小児歯科も携わります。当院は地域における産婦人科の年間分娩件数が非常に多いこともあり、私が着任してからこの治療を行うようになりました。私自身はそれまで専門としている口腔がんに特化してきましたが、大学の附属病院時代に口唇口蓋裂の治療にも携わった経験を生かし、現在は腰を据えて本格的に取り組んでいます。



治療を開始する上で心掛けていることはございますか

 お子さんが口唇口蓋裂という疾患をもって生まれてきたことに対する驚きや、それによって大きな不安を抱えた親御さんたちの苦悩は計り知れないものがあります。特にお母さんたちはご自身を責める傾向が強いため、常に気に掛けています。そうしたことから私たちは、お子さんのケアと同様に親御さんの心のケアを大事に考えながら、それらも含めて治療をしていきたいと常に思っています。
 当院では、治療を開始する上で最初に小児科の先生から説明があり、その後、私たちの方でも長期に渡る治療の流れを含めた詳細な説明を行っています。その際、口唇裂・口蓋裂手引書(編集者:日本口蓋裂学会理事会)という非常に詳細に作られた手引書を差し上げながら、凡そ成人までの道筋で起こること、起こり得ること、そしてそれらに対して行う治療等について説明します。そこではできるだけ丁寧に分かり易く説明することを心掛け、親御さんたちにも正しい知識を身につけていただくことで疾患についてご理解いただけるように努めています。この疾患は単独で発生したものであれば今は決まった道筋での治療が確立されてきていますので、全国何処の医療施設で治療を受けても内容はほぼ一緒です。言い換えればそれだけ浸透した治療と言えます。そういう意味では、私たち医療チームが適切に治療という面でカバーすることによって、しっかりと治っていくという側面がありますので、健常なお子さんと同じように学校に通って勉強したり、運動したり、普通の社会生活を営むことができます。また、近年では形成外科技術の向上も著しく、修正法も非常に進歩しています。私は当院に着任して7年目ですので出生から成人まで担当したお子さんはまだおりませんが、前任地で治療に携わった小学生のお子さんたちが20歳ぐらいになって受診された時にお会いするような機会が何度かありました。その時の印象として明るい感じの方が多かったことを覚えています。ですから親御さんたちには、私の経験からお話できるような内容も交えながら、時間をかけてゆっくりと説明し、少しでも気持ちの負担を軽くするお手伝いができるように工夫しながら接しています。



口唇口蓋裂のお子さんは、まずどのような障害が問題になるのでしょうか

 口唇や口蓋に裂があると、哺乳の際に乳首を圧迫する力が弱く口腔内に陰圧をつくることができないため、十分な哺乳が行えず、発育の遅れを招くことにも繋がります。そのため出生後はすぐに口蓋に装着するホッツ床(口蓋床の一つ)の型取りを行い、2~3日で出来上がりますので早速使用を開始していただきます。私もこの治療に初めて携わった頃は、生後間もないお子さんの口の中の型取りに緊張しましたが、口腔内というのは意外と広いので問題なく行えます。ホッツ床装着による効果としては、空気の漏れを少なくして哺乳を改善する他、舌の位置の改善や顎の発育の誘導、舌が頻繁に裂に入ることによって起こる裂拡大を防止する役目もあります。1歳半ぐらいで行う口蓋裂の手術では裂が大きいほど成功率が下がりますので、だいたい1歳ぐらいまでのホッツ床の役割はとても大きいと思います。ほとんどのお子さんは1年近く装着していると慣れてきて、使用しなくても上手に飲食できるようになりますが、引き続き必要なお子さんには手術まで使用していただきます。当科では、口腔内を極力傷つけないように心掛けていますのでソフトレジン製の少し柔らかい素材のホッツ床を使用し、日々成長するお子さんに合わせて1~2週間に1回程度定期的に受診していただきながら細目な調整を行っています。



手術や治療の時期はどのようになっているのでしょうか

 口唇口蓋裂の治療法は確立されてきましたが、現在も数多く臨床研究が行われています。また、疾患のタイプやお子さんの成長に合わせて手術治療を重ねていきますので、口唇形成、口蓋形成ともに一回法または二回法といった手術の方法があり、それぞれについて色々な考えがいわれています。
 最初に行う手術は、口唇形成術という口唇裂を閉じるための手術です。当院では生後3ヵ月ぐらい、体重で言うと6kgぐらいになり全身麻酔による手術を可能とする体力がついたお子さんに対して形成外科を中心としたチームで施行します。手術方法は疾患のタイプによって多少異なりますが、口唇の形態を正常に戻すことや口蓋裂や顎裂があると鼻に少し陥没したような変形がみられることから鼻形態の修正を目的としています。 ただ、この一回の手術で目的が達成できるという考えではなく、必要に応じて成長に合わせた口唇修正術や鼻修正術を行っていくことになります。特に鼻の形態異常や手術痕があると気後れしてしまうお子さんもいますので、就学前に修正術を行うことを目指しています。 また、手術後はそれまで使用していたホッツ床が合わなくなりますので、私たちはそこで新たな物を作成します。さらに、それ以降の時期はだんだんと歯が生えてくるようになりますので、今度は口腔ケアも重要です。口唇口蓋裂のお子さんの乳歯が虫歯になりやすいということはないのですが、裂のところに生えると磨きにくいということもあり、親御さんたちにはブラッシングの指導をさせてもらいながら歯の管理を強く呼びかけています。親御さんたちの様子を見ていると、3ヵ月目の口唇形成術が終わると少し落ち着かれる方が多いので、この手術が一つのターニングポイントになっているように感じます。

術前 ・ 術中 ・術後
 次に行う手術は口蓋形成術という口蓋裂を閉じるための手術です。 この手術は口蓋裂の大きさ等によって一回で硬口蓋(前方の口蓋)から軟口蓋(後方の口蓋)まで閉じることもありますが、その一回法で全て閉じてしまうと上顎の劣成長を助長し発育を妨げてしまう等の影響があることから、当院では基本的に二回法を取ることが多くなっています。二回法の場合、一回目の手術は1歳半ぐらい、体重で言うと10kgぐらいの時に軟口蓋を閉じる形成術を行うのですが、この時に上顎の発育を促すために硬口蓋の一部を空けておきます。そして8歳ぐらいを目安に二回目の手術を行い、その空いている部分に腰骨(腸骨)から骨を移植して再建します。



お子さんの発声について心配される親御さんが多いそうですが、どのような治療を行っているのでしょうか

 口蓋形成術では口蓋の離れた筋肉をくっつけて整えてあげるだけですので、それだけではうまく機能せず、構音に必要な口腔内圧を作ることができません。そのような状態は鼻咽腔閉鎖不全と呼ばれます。それを伴うとどうしても発音が難しいため、鼻咽腔閉鎖機能の獲得や向上が治療の一番の目的になります。そこで当院では口蓋形成術後すぐに言語聴覚士を中心としたチームによる集中的な言語療法の実施体制を整え、口蓋の動きを良くする訓練等を行っています。そこではブローイング(吹く)訓練を推奨し、笛やラッパ等の楽器を吹いたり、コップの水をストローで吹いたりする練習をします。私たちも気軽に受診していただけるような環境づくりを心掛けながら、訓練をサポートしています。また、治療中はご家庭でも日常的にブローイング訓練をしたり、お子さんに対してどんどん話しかけてあげることが効果的なので、親御さんたちにも積極的な訓練をお願いしています。そのようにして最初は少し発声や発音が苦手でも、就学する頃までには周りのお子さんたちと同じぐらいのレベルになることを目指しています。実際に判定してみると就学前の時期で約半年ぐらい遅れていることが多いのですが、その程度であれば心配ないと判断しています。


 

長期的に治療に携わって行く中で、お子さんに対してはどのように接していらっしゃるのでしょうか

 口唇口蓋裂の治療は、就学までに口唇裂・口蓋裂の手術、修正術、言語療法、歯科矯正治療等を行い、思春期以降も必要に応じて修正術、歯科矯正治療、補綴治療(インプラント等)を継続しながら成人になる頃にはほぼ終了できることを目標に据えています。治療費に関しては、矯正治療等も含め育成医療の対象となりますので全て保険診療の範囲内で受けることができます。今は何度も修正術を重ねる必要のないように手術方法が確立されてきていますので私たちもなるべく少ない回数で済むように治療を進めていますが、それでも成長の過程でご本人からの要望があればすぐに応えられるような体制でいます。そのため、まずはお子さんに心を開いてもらえる存在になることが一番大事なことだと思っています。そうして少しずつ関係を築いていくことで成長の過程の中でその都度困っていることを話してもらいたいと思っていますし、そうすることで新たな治療法の提案等も行うことができます。ですから普段からお子さんと積極的に接しながら、気軽に話しかけてもらえるような関係作りを心掛けています。




歯科口腔外科の魅力
先生は最初から口腔外科医を目指されたのでしょうか

 最初は普通の歯科医になろうと思っていたのですが、大学時代に歯科口腔外科の教授に声を掛けられたことがきっかけで、当時は半信半疑のままこの分野に入りました。私が所属していた所は口腔がんと口唇口蓋裂を二本柱にしていたのですが、そこで私は口腔がんに興味を持ち、それから特化してきました。そのようにして進んできた今は、非常にやりがいのある分野だと思っています。
 当院に着任してからは、地域の二次歯科医療機関として口腔がんだけに特化するのではなく、様々な口腔疾患についても当然ながら対応できなければいけないと思っていますし、ひいてはそれが患者さんのためになると思い、日々精進しています。診療では口腔悪性及び良性腫瘍、口唇口蓋裂以外にも、当院は繁華街に近いところに位置していることから顎骨の骨折等の外傷や、軽症から生命の危険を伴うような重症の炎症性疾患にも対応しており、私たちはそうした分野も得意としています。また、入院患者さんの歯科治療、インプラント等、口腔内に起こるあらゆることに幅広く対応できるよう様々な知識の修得に取り組み、最新の医療にも積極的に目を向けています。
 当院で研修医を目指す学生が、「寿泉堂綜合病院の口腔外科に来ると口腔だけではなく全身が診られる」とよくいうのですが、確かにその通りで、私たちは間違いなく口腔という部位だけを診ているわけではなく、そこには全身との関わり合いがあります。そうした意味では、様々な診療科とチームを組んで治療に取り組むことができる総合病院の中の口腔外科というのは理想形なのではないかと思います。そして私は口腔という身体の一部分を治療することに魅力を感じています。



地域の二次歯科医療機関として
先生が着任されてから幅広く口腔外科治療に注力されるようになったと伺いましたが、今後はどのようにお考えでしょうか

 当院の関連病院の一つに慢性疾患の治療とリハビリテーションに重点を置いた長期療養型の寿泉堂香久山病院があります。現在、来年2016年8月完成予定の新病棟を建設中で、その一角には入院患者さん専用の歯科を開設することになっています。今後は高齢化社会における高齢者の問題も非常に大きくなってくると思いますので、香久山病院の歯科と当科との間で協力体制を保持しながら、入院患者さんの歯科治療に加え、両院において嚥下性肺炎防止のための口腔ケアや訪問歯科診療にも対応できるような体制を整えていきたいと考えています。
 それから当院は日本口腔外科学会認定の口腔外科専門医制度において専門医を育てる准研修施設として認定を受けていますので、地域の二次歯科医療機関としての診療での役割を果たしながら教育面にもより一層力を入れるため、私自身も口腔外科医の育成に尽力することで地域医療に貢献したいと考えています。そのようにして二次歯科医療機関の少ない地域において私たちが専門的な診療に特化し、教育に力を入れていくことが患者さんおよび地域の歯科診療施設の先生方のお役に立てることの一つだと思っていますので、引き続き専門的な治療について研修会や勉強会には定期的に参加しながら治療技術や知識の向上を目指し、さらに高度な医療技術を提供できるように研鑽を積んでいきたいと思っています。


※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
小板橋 勉 氏 (こいたばし つとむ)

役  職 (2015年10月1日現在)
 歯科口腔外科部長

出  身
 福島県

卒業大学
 奥羽大学歯学部(平成8年卒)

得意分野・専門
 口腔腫瘍に対する治療  

資 格 等
 歯学博士
 日本口腔外科学会専門医・指導医
 日本がん治療認定医機構暫定教育医(歯科口腔外科)

所属学会等
 日本口腔外科学会
 日本癌学会
 日本口腔診断学会
 日本口蓋裂学会
 アジア口腔顎顔面外科学会

経  歴
 平成8年  3月  奥羽大学歯学部卒業
 平成8年  4月  奥羽大学歯学部附属病院 口腔外科臨床研修医
 平成9年  9月  藤枝市立総合病院麻酔科勤務
 平成11年 4月  奥羽大学歯学部附属病院 口腔外科勤務
 平成20年 4月  寿泉堂綜合病院 歯科口腔外科着任  




公益財団法人寿泉堂綜合病院

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