情報誌「医療人」®

今月の医療人紹介

(2016年4月1日掲載)

一般財団法人 脳神経疾患研究所 附属 南東北福島病院
脳神経外科 医長 生沼 雅博 氏


最適な治療の提供と、選択肢の1つとしての脳血管内治療

 脳血管疾患は例年日本人の死亡原因の上位を占めており、厚生労働省が発表した平成22年都道府県別年齢調整死亡率をみると、福島県は脳血管疾患のうち、女性の脳梗塞の死亡率が全国で最も高くなっている。脳血管疾患の治療には、薬物治療、外科的治療の他に、低侵襲な治療として脳血管内治療が近年注目を集めている。福島市にある南東北福島病院の脳神経外科医長の生沼雅博氏は、県北地域初の脳血管内治療専門医として、2009年から同治療法に取り組んできた。生沼先生によると、導入当初、開頭せずに行うこの治療法を希望する患者が殺到したという。しかし、全ての症例において脳血管内治療が最適ではないと先生は冷静に言う。患者の状態を客観的に判断し、最適な治療の提供に取り組む先生の話を伺うことで、脳血管内治療も行えるということの真の頼もしさが見えてきた。


脳神経外科について
脳神経外科とは一般にどのような診療科なのでしょうか

 一般の方の中には、脳神経外科は脳の手術ばかりを行っている診療科というイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、実は脳神経外科が診ている疾患で一番多いのが手術にならない疾患です。
 脳神経外科に救急で運ばれてくる患者さんの症状としては、意識障害や手足の麻痺のある方が多いです。外来には、頭痛、めまい、物忘れなどで来る方もいます。脳神経外科で診療する主な疾患としては脳腫瘍や頭部外傷もありますが、一番多い疾患はいわゆる脳卒中と呼ばれる脳血管障害です。脳血管障害には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血がありますが、その中で最も多いのが脳梗塞です(脳血管障害の病型別頻度は、脳梗塞が76.9%、脳出血が16.7%、くも膜下出血が6.4%(脳卒中治療ガイドライン2009より))。脳梗塞の急性期に対する治療は、一部に手術療法の適応となる例がありますが、ほとんどが薬物療法で行われます。つまり、脳神経外科=手術ばかり行っているというのは誤解です。


脳神経外科で治療を要する疾患の中で、先生が受診を勧めるような症状はどのようなものがございますか

 受診を勧める症状としては、まず頭痛があります。例えば、手足の麻痺が伴うような頭痛であれば受診してくれるのですが、吐き気が伴う頭痛だけだと風邪と看過されてしまうこともなくはありません。 最近は患者さんがしっかり勉強をしていて、手遅れになるような状態になるまで受診されないことは多くありませんが、中には危険な頭痛もありますので、症状があれば一度きちんと脳神経外科を受診することをお勧めします。 
 当院はCTやMRIを24時間稼働しています。それに脳検診にも力を入れていますので、症状がある方は外来を受診していただき、症状がなくても心配される方は脳検診をぜひご利用いただければと思います。それから、特に5mm以下の未破裂脳動脈瘤を持ち経過観察されている方など、病気を既に抱えている方は年に1回検査を受けていただくようお願いしています。



急性期医療と診療科の特長
脳神経外科では後遺症を残さないためにもすぐに治療が必要となることが多いそうですが、貴診療科の救急医療に対する取り組みをお教えください

 まず、脳神経外科で入院を要するような疾患は全てすぐさま治療する必要があります。例えば脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などは急性期の治療が必要で、当日か、受診が夜中であれば翌日には治療を行います。また、頭部外傷で一番多い手術は慢性硬膜下血腫に対するものですが、これも当日か翌日には手術を行います。慢性硬膜下血腫は、硬膜と脳の隙間に血腫ができる病気ですが、この血腫が脳を圧迫しますので、すぐに治療しないと麻痺が残ってしまうことになります。
 救急医療については、当院は二次救急医療を担っています。また、福島市の救急医療体制は輪番制となっていて、それがしっかり機能しています。輪番担当日には福島市内全ての地区から、主に頭部外傷か脳血管障害により、意識障害や麻痺が現れている患者さんが運ばれてきます。また、担当日には、市内以外にも夜間は伊達市や二本松市の北側から患者さんが運ばれてくるため、何時間かおきに何台もの救急車の受け入れがあります。当科ではそれらを担当医1人で対応し、もし手術が必要になれば翌日に手術まで行っています。ですから、非常に体力が必要で、今、県内でも医師不足、医師の高齢化が問題とされていますが、脳神経外科の領域においても若い医師の育成は喫緊の課題だと感じています。
 当科では、救急車で運ばれてきた患者さんであれば、夜間であっても絶対に1時間以内で診断を付けられるような体制を整えています。当院では診療放射線技師が24時間体制をとっていて、また臨床検査技師も輪番担当日には夜間も残ってもらっています。ですから、急患が運び込まれる連絡が入れば、担当医が静脈路確保(※1)の指示などを出し、運ばれてきた患者さんを急患室で問診します。それから手足が動くかどうかなど身体所見を取ります。その頃には静脈路確保や採血などは終わっていて、問診後に必要な画像検査や心電図検査を行い、そうして診断が付くまで必ず1時間以内、通常はおよそ40分程度で完了します。
 それからご本人やご家族に病状や治療内容を話す必要がありますが、例えば入院についての説明など先に話せることは検査中に話しておくなど、そうしたところでもできるだけ速やかに進める工夫をしています。


貴診療科の体制と特長をお教えください

 当科では常勤医が4名、外来はそれに非常勤医師を2名加えた6名体制で対応しています。また、それぞれの医師が得意とする分野を持っていて、協力し合いながら診療を行っています。まず、浅利潤先生(理事長特別補佐監兼執行本部長)は機能的脳神経外科の中でも、生活の質に関する手術を得意とされています。機能的脳神経外科とは、痛みや震え、自分の意志とは関係なく異常運動が現れる不随意運動などの神経機能障害が現れる疾患を治療対象とする脳神経外科の一分野です。その中で浅利先生は、三叉神経痛(※2)や顔面痙攣などに対する手術療法やボツリヌス療法(※3)を行っています。また、仲野雅幸先生(院長代行)は機能的定位脳手術を専門とされています。機能的定位脳手術は、不随意運動症に対する外科的治療で、パーキンソン病や本態性振戦(原因不明のふるえ)などが対象となります。この手術法には特殊な技術と設備が必要となるため、福島県内では最近まで当診療科だけでしか行うことができませんでした。現在も、当院を含めて2施設のみでしか行えない治療法になっています。それから佐藤光夫先生(在宅医療センター長)は主にリハビリを担当されています。そして私は、脳血管障害の治療を得意としていて、脳血管内治療の専門医も取得しています。


院内での連携体制として特長はございますか

 脳神経外科で診る急性期の患者さんの場合、嚥下機能が麻痺のため働かず、一時的に胃瘻が必要になる患者さんもいます。当院では、そうした患者さんの治療には、内科医と外科医の協力を得て胃瘻を作り必要な栄養が摂れるようにします。その上で、回復期リハビリテーション病棟に移っていただき、十分なリハビリを経て、退院するときには胃瘻を外して経口摂取できるまでに改善する患者さんもいます。 
 当院の回復期リハビリテーション病棟は、病床数が県内で最も多く、脳血管疾患・大腿骨骨折発症もしくは手術後の患者さんに自宅退院も目指して集中的にリハビリを行っています。当科では、その回復期リハビリを得意としています。例えば脳血管疾患の急性期治療を終えたあと、再入院という流れでその病棟に移っていただき、最長で6ヶ月間、一貫して私たちが診ることができます。それが当科の特長にもなっていると思います。
 回復期リハビリテーション病棟にはリハビリスタッフが充実しており、またスタッフが積極的に様々な提案をしてくれます。当科はリハビリテーション科との定期的なカンファランスを実施し、患者さんのもともとの日常スタイルや希望をしっかり聞いた上で、例えば「この人はアパートの2階に住んでいるから階段を上るトレーニングを優先させたほうが良い」とか「この方は退院後に毎日の食事を作ることを希望されているので、階段の上り下りよりも、そちらのトレーニングをさせたほうが良い」といったふうに、その患者さんごとのバックグラウンドに配慮したリハビリ計画を検討し、実施しています。



脳血管内治療について
生沼先生がご専門とされている脳血管内治療について詳しく伺ってまいります。
まず、脳血管内治療とはどのような治療法なのでしょうか

 脳血管内治療は、太ももの付け根の動脈から入れたカテーテルを脳の病変部位まで進めて、血管の内側から様々な道具を駆使して「詰める(塞栓)」か「広げる(拡張)」そして「回収する」ことでその病変部位を治す手術方法です。対象疾患は、破裂、未破裂、両方を含めた脳動脈瘤、頚部内頚動脈狭窄症(※4)、脳腫瘍、くも膜下出血後4日から14日に生じる遅発性脳血管攣縮、脳塞栓症、それから硬膜動静脈瘻です。特にこの中でも硬膜動静脈瘻は治療の難度が高いのですが、比較的多く診療してきました。
 脳血管内治療は、侵襲の低い治療法ですので患者さんへの負担が軽くすむため、術後の回復も早く、入院も短期間ですみます。また、局所麻酔でも可能ですので、全身麻酔をかけることが危険な高齢者や、心臓や肺の悪い方には有用な方法になります。ですが、全ての症例で脳血管内治療が最適なわけではありません。例えば脳の表層に病変部位があれば、脳血管内治療よりも開頭手術で治療したほうが安全で簡単にすむこともあります。患者さん一人一人の状態にあわせて治療法を選択することがとても重要です。当科では、手術を担当する医師が集まって、必ずどの治療法が一番患者さんにとってベストなのかということを話して決めますので、例えば脳動脈瘤の治療には、開頭して動脈瘤の付け根を金属のクリップで止めてしまう脳動脈瘤クリッピング術と、大腿部から血管内に入れたステントを脳の動脈瘤まで持っていき瘤内にプラチナ製のコイルを詰め込む脳動脈瘤コイル塞栓術がありますが、当科では割合として半々程度行っています。
 私は、2009年に日本脳神経血管内治療学会認定専門医を取得しました。当時、県北地域には私しか専門医がいませんでしたので、血管内治療を希望する患者さんが当科に集中しました。しかしその中には、明らかに開頭手術の方が安全だというものもありました。患者さんに話を聞いてみると、開頭手術はどうしても不安で、血管内治療のほうが安全だという思い込みがあったのです。そうした患者さんには丁寧に病変部位や脳血管内治療のメリット・デメリットを説明しました。ですから脳血管内治療を希望されてきたけれども、結果として開頭してクリッピング術を行ったこともあります。


生沼先生はどのような理由で脳血管内治療の専門医を取得されたのでしょうか

 開頭手術もできて、血管内治療もできれば、より広い選択肢の中から患者さんにとって一番良い治療を提供することができます。それができることが一人前の脳神経外科医だと考えたため、脳血管内治療の専門医を取得しました。また、もともとカテーテルを入れて行う手技が好きで、自分にあっていたということもあります。
 脳血管内治療は、国内では宮城県にある広南病院(※5)と、兵庫県にある神戸市立医療センター中央市民病院(※6)が有名で症例数もトップクラスですが、私は縁あって1年間広南病院で勉強させていただきました。広南病院では、教科書でしか見たことがないような症例も多く経験させていただき、その経験は今の診療にも生きていると思います。


先ほど、難度の高い硬膜動静脈瘻の診療も行っているとのことでしたが、これはどのような疾患なのでしょうか

 頭蓋骨のすぐ内側には硬膜という脳を覆う膜が存在します。この硬膜の中にも動脈と静脈が通っています。通常、動脈と静脈は、細い毛細血管を介して繋がっていますが、それらが直接繋がっている異常血管が後天的に発達し、瘻孔形成と呼ばれる穴が開いている状態になってしまうことがあります。それが硬膜動静脈瘻という疾患です。日本人の発生頻度は0.29人/10万人/年(脳卒中治療ガイドライン2015より)で、比較的稀な疾患といえるでしょう。原因には、外傷性と非外傷性がありますが、非外傷性の場合は原因不明で特発性の場合が多いです。瘻孔を通って動脈を流れる圧の高い血液が異常静脈に流入すると、静脈がうっ滞により拡張し、ときには逆流が生じます。症状は発生部位や異常血管に流れる血液の量等によって変わりますが、最も重篤な場合は脳出血を起こすこともあります。好発部位として、硬膜と頭蓋骨の間や、正中部で左右の硬膜が合わさる部分には硬膜静脈洞という隙間があり、そこから内頸静脈に血液が流れるのですが、その静脈洞の中でも、眼の奥に位置する海綿静脈洞と、耳の奥に位置する横-S状静脈洞に好発します。海綿静脈洞に生じた場合は目が充血したり眼球が飛び出てくるような状態になります。横-S状静脈洞に生じた場合は異常血管を流れる早い血流が耳鳴りとして聞こえます。そうした特徴的な症状が現れているときは外来に来た時点で硬膜動静脈瘻であることが推測できます。それでMRI検査や造影剤を使った脳血管撮影を行い、診断を確定させます。硬膜動静脈瘻は、必ず脳出血を起こすわけではありませんが、放置しておくと脳機能障害が生じて、高次脳機能の低下や言語障害、麻痺や痙攣などが現れますので、やはり早期の治療が必要です。



硬膜動静脈瘻の治療はどのようなところが難しいのでしょうか

 この硬膜動静脈瘻の治療は、血管内にカテーテルを入れてうっ滞させている血流だけ塞栓するのですが、実際には動脈瘤のコイル塞栓術や脳梗塞のステント留置術に比べて非常に難しいです。カテーテルのアプローチも経動脈的に行うのか、経静脈的に行うのか選択が必要で、また、例えば経動脈的治療の1回のアプローチでは治療できず、2回、3回のアプローチによって圧力を抑え、最後に経静脈的治療を行って完治させるなど、患者さんごとの状態によって治療法を考えながら行っていく必要があり、これが難しいところです。このように一筋縄ではいかない症例も多いので、他の医療機関の医師たちと連携を取り合い、硬膜動静脈瘻の患者さんが送られてきたところに集まって互いに検討し協力して治療を行うこともときどきあります。



最新のデバイスを使った治療を行うために
脳血管内治療はデバイスの進歩も著しいと伺いますが、最新のデバイスに対する生沼先生の取り組みをお教えください

 脳血管内治療の専門医として、新しいデバイスを積極的に試すことは欠かせません。デバイスごとの違いは、手応えが全く異なりますのですぐに分かります。それは、その道のプロには分かるような違いで、例えば外部の医療機関で診断用カテーテルを使うと、トルクの効き方や管の弾性などが違っていることに気づきます。道具ですので、医師ごとに好みの差はありますが、自分に最適な道具を揃えることは絶対に必要です。また、1つのデバイスでなんでもできるわけではありません。全てのデバイスを揃えておくことが、より安全な治療には必要です。例えば、コイル塞栓術の場合、塞栓用コイルだけでなく、コイルが万が一動脈瘤の外に逸脱したら直ちにそれを回収するためのデバイスや、破裂したら止血するためのデバイスなどそういう安全性を高めるためのデバイスも含めて、常に全てのデバイスを用意することが必要です。
 脳血管内治療はデバイスの進歩が著しいので、常に最新の情報を得て、新しいデバイスに対応していくために学会や研究会に積極的に参加しています。また、みちのくスキルアップセミナーという脳血管内治療のデバイスの最新情報を勉強するためのセミナーを毎年2回行っていて、私はその福島県の幹事をしているのですが、県内の先生方にご参加いただき、県全体で情報をアップデートしていけるようにしています。また、そうして情報をアップデートしていくことで、最新の治療を正しい方法で行えるようにして、患者さんにとって一番良い治療法を提供するために取り組んでいます。


 

※頼れるふくしまの医療人では、語り手の人柄を感じてもらうために、話し言葉を使った談話体にしております。


プロフィール
生沼 雅博 氏(おいぬま まさひろ)

役  職 (2016年4月1日現在)
 脳神経外科 医長

専門分野
 脳血管障害に対する治療

資 格 等
 脳血管内治療専門医
 日本脳神経外科学会専門医
 新臨床研修指導医
 博士(医学)




一般財団法人脳神経疾患研究所附属
南東北福島病院


 〒960-2102
 福島県福島市荒井北3丁目1-13
 TEL:024-593-5100(代)
 FAX:024-593-1115
 URL:一般財団法人脳神経疾患研究所附属
    南東北福島病院ホームページ





◆用語解説◆

※1 静脈路確保

静脈内に針やチューブを留置して輸液路を確保する処置。ライン取り、ルート確保などとも言われる。

※2 三叉神経痛

顔の感覚を脳に伝える三叉神経に痛みが起こり、顔が痛む疾患。痛みは非常に強いが数秒から数十秒ほどで治まることがほとんど。治療法としては、内服治療、手術療法、定位放射線治療、ブロック療法などがある。

※3 ボツリヌス療法

ボツリヌス菌が作り出すボツリヌストキシンという天然のタンパクを有効成分とする薬を筋肉内に注射する治療法。脳血管障害の後遺症として生じる痙縮の治療にも用いられる。

※4 頚部内頚動脈狭窄症

脳に栄養を送る内頸動脈が動脈硬化の進行によって狭くなる疾患。脳の血流が足りなくなるだけでなく、狭窄した血管壁の一部が剥がれ、それが血栓となり血管を塞栓してしまう可能性もある。治療には内科的治療と外科的治療、血管内治療がある。

※5 広南病院

http://www.kohnan-sendai.or.jp

※6 神戸市立医療センター中央市民病院

http://chuo.kcho.jp
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